2022 Exhibition

かわらない祈り

2022 5/5
デジタル版
194×139

死と再生、古代から変わらない
願いと祈り。

土偶は、そのほとんどが完全な状態ではなく、どこかが欠けて出土します

それがなぜなのか、はっきりと分かっていませんが「死から再生を願う」祈りの道具だったからではないかという考え方があります

足が欠けた土偶は「死」を意味すると思いますが、

そこには決して後ろ向きではない「期待」という、希望めいたものを感じます。

欠ける、というアクションと

欠けたところからでなければ生まれないもの。

 

死者が転生してほしい。春になったら作物がまた豊かに実ってほしい。

そんな祈りが込められていたのかなと思いますが

私は、自分の劣等感や葛藤の中から生まれるもの、つまり「欠けたところからしか生まれないもの」を期待しています。正確に言えば何一つ欠けてはいないのですが、この劣等感や葛藤が人生のエッセンスになっている。

元々備わっていたら、当たり前すぎて意識されないもの。「祈り」は「意が乗る」とも言いますが

そこに「祈り」はありません。

欠けた足から生まれているものは、光り輝く、魂が成長しようとする姿。それは希望と言い換えてもいいのかもしれません

祈りは人それぞれでも、たとえ時代を超えても、根源的に求めているものは変わらない。

そんな気がしています

 

 

 

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