「マリアになりなさい」
そんな意図があったりして、と。
今年のお盆は、自分を癒すためにありました
けっこう私なりにがんばってきたのかもしれません
ある出来事を臨界点として、甕の栓がすぽんっと抜け
長年溜まっていたものが一気に流れ出ていったようです
だから「ゼロ」 の状態で、2024年のお盆を迎えることになりました
私が帰省した日はちょうど叔母の初盆で、
母は姉である叔母の持ち物を形見分けとして、こまごまともらってきていました
「アクセサリーとか貰ってきたけど、いらない?」と見せてくれた中に
いくつか「あ、かわいいな素敵だな」と思うものがあり
叔母とは亡くなる数ヶ月前、いつになく「命」を目の前に据えたお付き合いが深まっていたので
いくつか譲り受けたいな、と思いました。
ブログ:生と死のあいだで咲く花
その中に、マリア像を模ったネックレスがあり
「あ、これはもしかして」と思いました
それは「不思議のメダイユ」と呼ばれるもので、パリの「不思議のメダイの聖母の聖堂」で購入できるものだそうです
それが母と叔母のいとこにあたる、従叔母が作ったものだと、ピンときました。
「パリまで買付にいってアクセサリーを作る、ハイカラないとこが東京にいる」
ということを母から聞いており、
浅草の初個展の折、そのハイカラな従叔母に初めてお会いしました
それから何度かお会いするうちに、従叔母とメダイユとの出会い、不思議なご縁についてのエピソードを聞き、
先進的で行動力もあったけどアクセサリーの制作や販売については全くの素人だったのに
このメダイユをアクセサリーにして日本で広めることになったのは、お役目だったんだな…と、興味深く聞いていたのでした。
だから、このマリア像を模ったプレートを見た時「あ、これは従叔母から叔母が買ったものだ」と思いました。
メダイユにはいろんな色があるようですが、叔母が選んだのは美しいエメラルドグリーン。
メダイユと一緒に譲り受けたエメラルドのネックレスと同じ色なので、叔母の好きな色なのか、たまたまなのか。
家族、きょうだい、知人、地域…多方面に律儀で愛のある叔母でしたが、モノにさほど執着していなかったことが伺えるので、このメダイユのネックレスを買ったのも従叔母への義理はんぶん、というところだったかもしれません。
従叔母にネックレスの写真を送るとすぐに返事がきました
「もう7年以上も前に買ってくれたもの。それをちゑちゃんが受け継いでくれるなんて…」
やはり、従叔母のものでした。
このネックレスの存在について叔母の娘である私のいとこも、私の母もあまり興味がなく、
ここ数年でご縁の繋がった従叔母からエピソードを聞いていなければ私も「形見分けの品のひとつ」として、目に入ってこなかったかもしれません
不思議のメダイユは、もらった人に幸運を運んでくれるといいます
私はここ数年で「これさえあれば幸せになれる、というものはない」ということを、イヤと言うほど学んできました
外側の何かに依存しているうちは、永遠に満たされない。
これは「幸せになれるアイテム」といえばそうなのかもしれませんが
どんな素晴らしいものであっても、自分のキッカケ作りや背中を押してくれる要素でしかないと思っています
だから私は、これは何かの「引導」の象徴のような気がしました
「この、もんどころが目に入らぬか〜!」…みたいな。それにはひれ伏すしかないような。
パリ五輪の夏、からっぽになった甕(かめ)を抱えた私のところにきた、パリ出身のメダイユ。
「もう、いい加減サレンダーしなさい。愛に平伏しなさい。自らを愛するということが、もうできるはずです」
それは女神であり、菩薩であり、おそらく聖母マリアの境地。
幸運を、豊かさを得るということは
自分を愛さないまま、外側に求め続けていてはけして訪れないもの。
全てを赦す。それは自分を赦すこと。
もっともっと、愛を出せるはず。もっともっと、大きく循環させていけるはず。
そんなことを、パリの教会、従叔母、叔母、母の手を経て
巡り巡って託されたような気がして。
いままで叶えられなかったけれど、叶えられなかった、
ご先祖みんなが目指していた場所。
そんな、源にある祈りを受け継ぎながら、刷新していく。
「メダイユは貰った人が幸せになれる」
それに続く下の句に、従叔母は心を動かされたそうです
「なぜなら、あげた人がその人の幸せを想い続けるから」。
お盆に受け取ったこの不思議のメダイユは
チェーンに替えて、生まれ変わった姿で
身につけてみようかと思います。